習慣を整えれば、人生が整う。
こんにちは。
元料理人、元電気工事士のシバゲンです。
前回は、何をやっても続かなかった僕が、
ウォーキングを始めた話を書きました。
👉 原点①|何をやっても続かなかった僕が、人生を立て直し始めたきっかけ
でも、歩き始めても、
僕の中にあった「もっと頑張らなきゃ」という考え方は変わりませんでした。
仕事も頑張る。
もっと勉強する。
もっと練習する。
そうやって頑張り続けているのに、
毎日の生活はなかなか変わらない。
そんな時、少しずつ
「もしかしたら、頑張りすぎているのかもしれない」
と思うようになりました。
今回は、そんな僕が
「頑張らない=サボる」ではないと気づいていった話を書きます。
「頑張ること」が当たり前になっていた
僕が「頑張らなきゃ」と思うようになったのは、
大人になってから突然そうなったわけではありません。
10代、20代の頃に働いていた電気工事士の仕事で、
少しずつ身についていったものだと思います。
初めて就職した僕は、まだ仕事のことを何も知りませんでした。
当時は、残業することが当たり前でした。
定時に帰る人を見ると、
「仕事を頑張っていないのかな」
「やる気がないのかな」
そんなふうに思ってしまうこともありました。
今思えば、それも職場の空気の中で、
少しずつ身についていった考え方だったんだと思います。
本当は早く帰りたかった。
でも、先輩がまだ仕事をしている。
だから、自分だけ先に帰ることはできない。
「先輩より早く帰ってはいけない」
いつの間にか、そんなふうに思うようになっていました。
タイムカードを切ってから仕事をすることも、たくさんありました。
今振り返ると、決して良い働き方だったとは思いません。
でも、当時の僕にとっては、それが普通でした。
残業する。
長く働く。
頑張る。
それが仕事だと思っていました。
そして、こうした働き方が長く続く中で、
「頑張ること=自分を削ってでも続けること」
という考え方が、少しずつ自分の中に染みついていったんだと思います。
この考え方は、その後、料理人になってからも続いていきました。
もっと頑張らなきゃ。
僕は、いつの間にか「頑張ること」をやめられなくなっていました。
「もっとやらなきゃ」が止まらなかった
電気工事士の仕事を辞めて、29歳で料理の世界に入りました。
それまで料理とはほとんど縁のない生活だったので、覚えることはたくさんありました。
料理の練習。
食材の勉強。
新しい料理を覚える。
仕事の段取り。
技術。
仕込み。
本を読む。
他のお店を研究する。
やることはいくらでもありました。
しかも、飲食業は毎日が本番です。
料理も接客も、その日の仕事で結果を出さなければいけない。
だから僕は、
「もっと仕事をしないと」
「もっと練習しないと」
「もっと学ばないと」
と、毎日のように思っていました。
仕事が終わっても、
「今日はこれができなかった」
「もっと勉強しないと」
そんなことを考えていました。
休みの日も、仕事のことを考えている。
本当は休みたい。
でも、
「休んでいる場合じゃない」
と思っていました。
もっと頑張らないと、周りに追いつけない。
もっとやらないと、料理人として成長できない。
そんな気持ちがずっとありました。
当時の僕は、それを苦しいとはあまり思っていませんでした。
むしろ、
「これくらい頑張るのは当たり前」
と思っていたんです。
今振り返ると、電気工事士時代に身についた「頑張ることが当たり前」という考え方が、料理人になってさらに強くなっていたんだと思います。
そして気づかないうちに、
「休むことはサボることなんじゃないか」
そんなふうに考えるようになっていました。
だから、止まることができませんでした。
でも、そんな毎日を何年も続けているうちに、少しずつ僕の中で、ある疑問が出てくるようになりました。
「毎日こんなに頑張っているのに、何か変わっているのかな?」
その疑問が、僕の考え方を少しずつ変えていくことになります。
毎日頑張っているのに、何も変わらなかった
料理人として働き始めて、少しずつ給料は上がっていきました。
仕事も覚えてきた。
できることも増えてきた。
だから、頑張った分だけ少しずつ前に進んでいる。
当時は、そう思っていました。
でも、ある時ふと気づいたんです。
「毎日頑張ってるのに、何にも変わってないな」
毎朝起きる。
仕事に行く。
朝から晩まで働く。
帰ってくるのは、いつも次の日。
そして、また同じ一日が始まる。
そんな毎日でした。
給料は少しずつ増えていく。
でも、休みは増えない。
平日は自分の時間もほとんどありません。
仕事を頑張っているのに、生活そのものは変わっていませんでした。
その頃、僕がよく思っていたことがあります。
「給料よりも、少しだけ休みがほしい」
もっとお金が欲しいわけじゃない。
高いものが欲しいわけでもない。
ただ、家に帰って少し休みたい。
自分の時間が少しほしい。
それだけでした。
でも、それを口にすることはありませんでした。
「休みがほしい」なんて言ったら、頑張っていないと思われる。
みんな頑張っているんだから、自分も頑張らないといけない。
そんなふうに考えて、心の奥にしまっていました。
今振り返ると、僕は仕事を頑張ることに必死で、自分が本当に何を求めているのかを考えていなかったんだと思います。
給料が上がれば、もっと満たされると思っていた。
もっと仕事ができるようになれば、何かが変わると思っていた。
でも、実際には違いました。
頑張っても、頑張っても、
自分の時間は増えない。
休む時間も増えない。
そこで初めて、
「もしかしたら、もっと頑張ることが答えじゃないのかもしれない」
そう思い始めました。
それまでの僕にとって、これはかなり大きな気づきでした。
ずっと「頑張れば何とかなる」と思っていました。
でも、頑張り続けても、僕が欲しかった生活には近づいていませんでした。
そこで初めて、僕は「頑張ること」そのものを考え直すようになりました。
「頑張らない=サボる」だと思っていた
「もっと頑張っても、何も変わらないかもしれない」
そう思い始めても、すぐに働き方を変えられたわけではありません。
それまでの僕にとって、
頑張らないことは、サボることと同じだったからです。
仕事中に少しでも気を抜く。
早く帰る。
休む。
そんなことをすると、
「自分は頑張っていないんじゃないか」
と思ってしまう。
逆に、気を抜いているように見える人がいると、
「やる気がないのかな」
なんて思ってしまうこともありました。
今振り返ると、間違っていたのは周りではなく、そういう考え方を当たり前にしていた自分だったんだと思います。
でも、その時は気づけませんでした。
10代の頃から、体育会系の仕事を続けてきた。
それが頑張ることだと思っていました。
だから、止まるのが怖かった。
少しでも気を抜いたら、今まで積み上げてきたものがなくなるような気がしていました。
仕事だけではありません。
心も、体も、時間も、お金も。
気づかないうちに、いろんなものを自分のためではなく、仕事のために使っていました。
それでも当時の僕は、
「これくらい普通だろ」
と思っていたんです。
だから、
「少し休みたい」
と思っても、それを自分で許せませんでした。
本当は疲れている。
本当は少し休みたい。
でも、
「もっと頑張らないと」
と、自分をまた仕事へ向かわせる。
そんなことを繰り返していました。
今なら、
頑張ることは悪くない。
でも、
自分を壊してまで頑張る必要はない。
そう思えます。
ただ、当時の僕には、その当たり前に気づくきっかけがまだありませんでした。
そのきっかけになったのが、原点①で書いたウォーキングでした。
ウォーキングをしながら、少しずつ「当たり前」が崩れていった
そんな頃、僕はウォーキングをしながら、いろんな本を聴くようになりました。
歩きながら本を聴く。
それが、いつの間にか僕の日常になっていました。
本を聴きながら歩いていると、仕事のことだけじゃなく、時間やお金、心、これからの生き方について考えることも増えていきました。
そして、いろんな考え方に触れていくうちに、少しずつ自分の中に変化が出てきたんです。
それまでの僕は、
「毎日頑張って仕事をするのが当たり前」
だと思っていました。
気を抜いてはいけない。
休んでいる場合じゃない。
もっと頑張らないといけない。
そんなふうに思っていました。
でも、ふと、
「もしかしたら、自分は頑張りすぎているのかもしれない」
と思うようになりました。
もっと楽に生きてもいいのかもしれない。
もっと気を楽にして働いてもいいのかもしれない。
そんな考え方が、少しずつ自分の中に入ってきました。
それまでの僕にとっては、大きな変化でした。
ずっと「もっと頑張らなきゃ」と思っていたのに、
「頑張らなくてもいいのかもしれない」
と思えるようになったからです。
そして初めて、
「自分は、いつの間にか完璧主義になっていたのかもしれない」
と気づきました。
何でもちゃんとやらなきゃいけない。
休んではいけない。
気を抜いてはいけない。
もっとやらなきゃいけない。
そんな考え方で、自分自身をずっと追い込んでいたんだと思います。
もちろん、気づいたからといって、次の日から急に考え方が変わったわけではありません。
長い間「当たり前」だと思っていたことは、すぐには変わりません。
それでも、
「今までの当たり前って、本当に当たり前なのかな?」
と考えられるようになった。
僕にとっては、それだけでも大きな一歩でした。
ウォーキングを始めたことで、体を動かす習慣ができただけではありません。
歩きながらいろんな考え方に触れたことで、自分の生き方を初めて少し離れたところから見ることができるようになったんです。
そしてここから、僕は少しずつ「頑張ること」との付き合い方を変えていくようになりました。
頑張ることをやめたら、少しずつ自分を休ませられるようになった
「頑張らなくてもいいのかもしれない」
そう思えるようになってからも、すぐに生活を変えられたわけではありません。
長い間、頑張ることが当たり前だったからです。
それでも少しずつ、
「今日はここまででいい」
と思えるようになりました。
今までの僕は、できることがあるなら、できるだけやろうとしていました。
仕事が終わっても勉強する。
休みの日も仕事のことを考える。
疲れていても、もっと頑張ろうとする。
そんな毎日を繰り返していました。
でも、少しずつ、
「全部やらなくてもいい」
と思えるようになったんです。
何もしない時間があっても、
「今日はサボった」
ではなく、
「今日は休む日だった」
と思えるようになりました。
これは、昔の僕にとって大きな変化でした。
休むことに、少しずつ罪悪感を持たなくなったからです。
以前は、休んでいると、
「もっとやらなきゃ」
と焦っていました。
でも今は、
疲れていたら休む。
できない時は無理をしない。
またできる時に始める。
それでいいと思えるようになりました。
もちろん、頑張ることは今でも必要だと思っています。
仕事でも、何かを身につける時でも、努力することは大切です。
ただ、
自分を壊してまで頑張る必要はない。
そう思えるようになりました。
頑張る量を増やすことよりも、
自分が無理なく続けられるやり方を選ぶ。
その方が、僕には合っていました。
昔の僕は、止まることが怖かった。
でも、止まっても、また動き出せばいい。
そう思えるようになったことで、少しずつ自分を追い込まなくなっていきました。
そして気づけば、僕は「頑張ること」そのものではなく、頑張りすぎることをやめようとしていたんです。
僕が最初にやめたのは「頑張ること」だった
振り返ってみると、僕がやめたかったのは、仕事を頑張ることそのものではありませんでした。
頑張ることは、今でも必要だと思っています。
でも、
自分を壊してまで頑張る必要はない。
それに気づけたことが、僕にとって大きな変化でした。
昔の僕は、
「頑張らないと変われない」
「休んだらダメ」
「もっとやらなきゃ」
そんなことばかり考えていました。
でも、頑張り続けるだけでは、自分が欲しかった生活には近づいていませんでした。
だから少しずつ、
「頑張る量を増やすより、続けられるやり方を選ぼう」
と思うようになりました。
「頑張ることをやめる」というのは、何もしなくなることではありません。
自分を追い込み続けることをやめる。
それが、僕にとっての「頑張ることをやめる」という意味でした。
そして、原点①で始めた「ただ歩く」という小さな一歩が、僕の中にあった「当たり前」を見直すきっかけになりました。
歩きながら本を聴いて、いろんな考え方に触れた。
そこで初めて、
「今までの自分の当たり前って、本当にこれでいいのかな」
と考えるようになったんです。
そこから僕は、
「どうすれば無理なく続けられるんだろう?」
と考えるようになりました。
そして次は、気合いや意志の強さだけに頼るのではなく、続けやすい仕組みを考えるようになっていきます。
その話は、原点③に続きます。
まとめ
もし今、自分を追い込みすぎているなら、
一度「頑張ること」を休んでみてもいいと思います。
僕も昔は、
「もっと頑張らないと」
「休んでいる場合じゃない」
そう思って、自分を追い込み続けていました。
でも、少し立ち止まってみたことで、
頑張ることが、いつも正解とは限らない。
そう思えるようになりました。
頑張ることは、今でも必要です。
でも、自分を壊してまで頑張る必要はない。
疲れたら休んでもいい。
少し遠回りしてもいい。
自分に合ったペースで進んでもいい。
それに気づけたことが、僕にとって大きな変化でした。
頑張りすぎていた自分に気づけた。
それが、僕が「頑張ること」をやめるための最初の一歩だったのかもしれません。
焦らなくて大丈夫です。
自分のペースで、少しずつ思考変換していけたら十分です。
この話が、あなたの何かの気づきや
少し立ち止まるきっかけになれたら嬉しいです🍀
ここまで読んでいただき、ありがとうございました😌
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